自治体のツボ

地方分権ってどうでもいいことなんでしょうか

地方自治・地方行財政・地方創生…地方のあれこれを取り上げます

2019年01月

統一地方選が始動、低投票率の地域に未来はない

春の統一地方選をにらみ、各地で候補擁立の動きが相次いでいる。マスコミが注目するのは保守分裂などいさかいの目立つ地区。確かに今回、保守分裂が目に付く。なぜだろう。

保守と革新の対立軸が失われた今、地方で争うことに意味がなくなっている。激しい闘争を繰り広げて、ポストとカネの配分で優位に立とうという時代は終わったのである。それよりも国政とのパイプが太い官僚出身知事をいただいて、国からの配分にすがろうという空気が充満している。無投票当選や与党圧勝が増えたのは内輪もめにあほらしさを感じ、国からのおこぼれにあずかるには一致団結が必要という考えがあるのではないか。それが今の地方の姿である。

ところが、今回は保守分裂などの理由で選挙戦の熱が帯びている。どうも地方も本当に余裕がなくなって、天からおりてきた蜘蛛の糸をめがけ、我先に手を伸ばし始めたのではないだろうか。まとまって選挙戦を戦ったところでなかなかおいしい果実にありつけない。それなら自分の推す候補を前面に打ち出し、わずかなパイをなりふり構わずとりにいったほうがいい。そんな判断があるのではないだろうか。保守分裂といっても、争っている候補者は官僚OB。国にすがる構図に変わりはないようにみえる。

それでも希望の光はあるのかもしれない。選挙を前に争いが起きるのは決して悪いことではないと思う。今後、地域を発展させるには何が必要か、どういう行動をとるべきか、有権者にきちっと政策論争を見せるのなら、候補者のつばぜり合いは意味がある。勝ち方にもよるが、勝者が敗者の主張も政策に織り込むなら、なおよい。分裂選挙をやって、選挙後に冷や飯食わせてやるなんて考えで争っているなら、その地域に未来はない。候補者同士の口撃をみせられる有権者はたまったものではない。

有権者は地元で起きている地方選をめぐる動きにじっと目を凝らすべきだ。自分の住む地域で起きているのは、余裕を失い焦りだした人たちのパイの奪い合いなのか、余裕をなくしていよいよ本格的な政策論争を始める号砲なのか。よくみきわめてほしい。有権者がどう感じたかは、投票結果ではなく、投票率でみたい。投票所に足を運んだ人が多ければ、その地域で起きた論争は意味があったのだ。候補者と有権者が真剣に地域の将来を考えた証拠といえる。低投票率ならその地域の未来はないということだ。
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褒める条例

褒める兵庫県多可町議会が、1日1回、人を褒めることを義務付ける条例を制定した。1日ひとほめ条例という。1月1日施行だそうだ。

SNSの登場でコミニュケーションはかえってとりにくくなり、ありがとうの気持ちや称賛の言葉を発するようあえて努めるのだという。

多可町は敬老の日発祥で、酒米山田錦誕生の地だとか。人を敬う伝統を受け継ぎ、ほめることに全力をあげようという訳。敬老の日のように、各地に広がるといい。

こういうユニーク条例はもっとどんどんやるべきだ。地域のアピールになる。行政運営でなかなか独自色は発揮できない。効力もないのにムダという見方もあろうが、ユニーク条例での競いあいは地域を見つめ直す契機にもなろう。

もっとも住民はどう受け止めたか。議会での議論やパブコメの内容もみたいところだ。地域紙には施行後の変化や風景を伝えてほしい。ホントに地元に必要なものだったか。その検証もいる。

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