自治体のツボ

地方分権ってどうでもいいことなんでしょうか

地方自治・地方行財政・地方創生…地方のあれこれを取り上げます

2019年02月

住民投票が映し出す民意の読み方

▼沖縄県民投票の結果

有権者数

115万

投票率

52.48%

賛成票

11万

反対票

43万

どちらでもない

52682

無効票

3497

 

沖縄県の県民投票は今後の地方自治の在り方を考えるうえでも、有意義な結果を残した。もちろん法的拘束力がないので、政治家が真摯に向き合わない限り、この結果をもって政策が動くということはない。住民投票をもとに何か政策を動かせるかどうか。沖縄の問題とは別に考える材料としたい。

 

①反対票の重み

43万票を集めた反対。これは有権者の約4割にあたる。当日の投票総数に限ると7割。知事は4分の1を超えた賛否を日米政府に働きかけるとしていたので、25%超えはかなり意味のある数字とみていいだろう。もちろん知事発言を県民がどこまで意識したかは、それぞれ見方が異なるだろう。独自のハードルをもっと明確に設けてもよかったのかもしれない。住民投票は法的拘束力を持たない。政治パフォーマンスと言われるようにしないためには、どの水準までいったらどうするということを明確にすべきだ。有権者の4割というのも微妙な水準ではある。やはり投票だけで世の中を動かそうとするなら、数字の扱いについて事前に決めごとをしておく必要がある。

 

②「どちらでもない」は5万

この3択方式はあまり意味がなかったということになる。結局、投票になれば賛否をはっきりさせなければ意味はない。「どちらでもない」という人の多くは投票にいかないだろう。政治的な産物にすぎなかった。もちろん投票にいかなかった人は潜在的な賛成者ということもできるだろうが、そんなのわかりっこない。投票をやった以上、投票結果で物事を判断すべきだ。どうせ3択にするなら、具体的な方向性を示したほうがよかったかもしれない。「辺野古移転」「普天間のまま」「県外移設」とか。これでは投票は実現しないか、あまりに生々しすぎて。だが、投票が政治的パフォーマンスでないというなら、ここまで知恵を絞った設定にして、重みをもたせる手はあったろう。

 

③投票率の50%超え

選挙のたびに投票率は問題になる。どんどん低くなっている。関心をもってもらえないと嘆く声もあるが、やむを得ないだろう。政治や行政に問題があると感じていないのだから。左右に政治勢力が分断されていれば、有権者もそれなりに行動をおこす。しかし、民の暮らしにさほどの問題がないのなら、投票所には行かない。こういう県民投票は5割を超えるのだから、政治に関心を持てれば行くということだ。何も問題意識がないのに投票所には向かわないのである。憲法に関する国民投票もそれなりの投票率に達するのではないか。もちろん投票率を上げる工夫はすべきだが、結果として高くならなくてもそれはいまの日本ではあきらめるよりほかない。

 

④賛成票の見方

この11万票はどうみればいいのだろうか。沖縄の専門家ではないから、どのくらいの反知事勢力があるかわからない。ただそんなに少ない数字とも思えない。圧倒的な反対かというと、実はそうでもないといえそうな水準ではある。結局、最初から反対票の扱いが決まっていないから、投票にも真剣さが出ないのだ。もしなんらかのハードルがあったら、「辺野古賛成」という声ももっと増えたかもしれない。ただ「どちらでもない」とあわせても16万票。微妙だなぁ。反対に迫ったといういい方はできないし。ただこの中にはとにかく普天間をやめてくれという声もあったのではないか。どうしても住民投票はきめ細かい民意をすくえないものだ。


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沖縄の民意、頬かむりはできない

沖縄県の米軍普天間基地移設をめぐる県民投票に明確な結果が出た。有権者の4割が反対に投票したのである。当初玉城デニー知事が宣言していた有権者の4分の1が反対票を投じれば、国と米国政府に働きかけるとしていた水準に届いた。県民の明確な意思といっていいだろう。

日本の非沖縄県民はどう受け止めるべきか。法的拘束力はなく、これをもって政府が動くことはないだろう。が、一般国民としては普天間移設はやめたいという意見をもっと重く考えたほうがいい。真剣に討議する場をつくり、一度白紙に戻すという判断があってもいいのかもしれない。

鳩山元首相の「最低でも県外」という発言はあまりに無責任だった。なんの段取りもなく首相が発言したからといって動くような問題ではない。納得づくで進める力量がいる。知恵がいる。戦後積み重ねてきた日米両政府の歴史がある。それを無視して白紙に戻すのはむしろおかしい。

ただ鳩山政権の頃と明確に状況が変わった。米国の政権がトランプ政権になったのだ。トランプ大統領は日本と韓国に米軍の駐留経費について、負担を増やすよう求めているとされる。おいそれと沖縄を手放さないだろう。中国やロシアをけん制する意味でも沖縄という足掛かりは米軍にとって重要だ。

しかし、ポピュリズムが信条のトランプ氏。沖縄県が日本政府を飛び越えて米国政府に陳情した場合、耳を傾ける可能性はある。大半の日本人が頬かむりしている問題を、トランプ氏が取り上げてしまったらどうする。北朝鮮拉致問題も日本政府よりトランプ氏を頼みにする空気がある。政府形無しだ。

そういう国際環境の変化を受けての今回の県民投票。ここは、かえろ、いやかえない、の平行線でなく、やはりテーブルに付き直すところから始めるほうがいい。最終的に辺野古沖移設となってもいいから、もう一度、話し合いの態勢を作り直すべきだ。知恵を出し合わないといけない。
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住民そっちのけの流会騒ぎ

東京都議会が初日からあわや流会の危機に瀕した。異例の事態とされたが、流会というのはちょくちょくある印象を受けていた。ちょっと勉強してみた。

流会というのは、議会の招集日に議員定数の半数以上の議員が出席せず、会議を開けなくなる事態のことをいう。地方自治法113条の定足数に関する項目が該当する。

ネットで調べただけだが、流会騒ぎを起こしている自治体は少なくない。直近でそういえば、あったというのが山口県美祢市。市長の台湾訪問時の風俗問題で市議が反発、定例会が流会したのだった。

山梨県ではかつて議長人事をめぐって対立、北杜市議会では昨年、議員資格問題でそれぞれ流会している。大阪府でも都構想を巡り自然流会したケースがあった。

流会というのは、やはり審議を尽くさないという点で納得のいくものではない。一回は戦術としてありえるかもしれないが、どうやって賛否を突き詰める議論を復旧させるか。そこの知恵がいる。

どうも反対派は寝転がるだけの戦術に使っているようだし、反対派の攻勢をかわそうとするほうは数の力で議論を封殺しているようなところがある。

流会騒動は自治体が置き去りになっているケースが目に付く。行政に不備はなく、首長や議員など政治家の不手際が混乱を引き起こしているようにみえる。政策はそっちのけということだ。

東京都もそうだが、どうやれば審議を尽くせるのか、誰がごねて混乱を助長しているのか、有権者はそこをしっかりと見極めないといけない。流会は基本的には行政、住民を無視しているのである。




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熟議なき大都市議会

大阪、ひどいなあ、と思ってたら、東京もダメじゃない。二大都市がなにをやってんですか。

東京都議会は20日に開会した。ところが、のっけから築地の跡地再開発を巡り、与野党が対立。あわや流会の惨事を招くところだったという。知事を引っ張り出したい野党。与党も一枚岩でなく、大混乱に陥ったようだ。

ちゃんと議論して決めようという空気がない。東京都も大阪も。対立して終わりじゃしようがない。国政もそうだが、与党が強すぎて、野党はねっころがるしかない。与党も力で押すだけだから、対立を緩める知恵がない。熟議。日本からは消えたのだろうか。

築地の跡地利用は、小池都政の一人相撲。あっちへふらふら、こっちへふらふら。それでも一定の結論を出したのだから、議会はしっかり真意をただしてくれないと困る。知事だって、ちゃんと説明しなきゃだめだ。そこが2月議会の焦点だったはず。知事は委員会で一問一答の質疑に臨むそう。それでいい。

気になるのは、みんな、突っぱねてるようで、実は逃げてるようにみえる点。国会もそうだが、テレビに写りそうなことばかりいって、本質的な話がみえない。統計の日標語なんて典型。もちろん愚弄しているかのような与党・政府もひどい。ただ、質問する方は代案を示しつつやるとか、もっと工夫がいる。そこに味と支持がでるのだ。

人気のある知事や首相を前にひるんだり、モノ申さなかったりはだめだ。ただ怒ってみせるのもだめ。国民はみてる。野党も与党も、知事も自治体も。


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知事と市長、同じなの?

ちょっとばかにしてんじゃないだろうか。大阪維新の会だ。知事と市長を引っくり返して、選挙するのだという。大阪都構想は十分傾聴に値する政策といいたいが、この選挙手法はいかがなものか。橋下時代もやった。法にも触れず、勝てると踏んでるから、やるんだろう。

知事と市長は仕事の中身が違うのだ。どっちがえらいということはない。格的には知事のほうが厚遇されよう。ただ法の裏付けはない。仕事はだいぶちがう。基礎的な住民サービスの提供が市長の仕事であり、圏域全体の発展に目を配るのが知事の仕事だ。

だから、候補者を取り替えて、新たな任期で都構想を実現するというのは、どっちもやること一緒だから、政治家が当選すればなんでもすくできる、というようなものだ。真面目に日々の行政にあたってる職員はどう思うのか。都になればいいのか。

なんか弄ばれてるな、大阪。真面目に政策を議論したらよいのに、伝わってくるのは政局ばかり。こういう地方の枠組みをかえる大改革だからこそ、実現への方法論ではなく、中身の議論を表に出してほしい。住民投票で一度否決された重みもない。選挙て選ばれたもん勝ち、知事も市長も大差ない。そんなことでいいのだろうか。都になれば、もっと知事と区市長の関係づくり、役割分担が大事になるのだと思うが。
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2月24日は天皇陛下御在位三十年記念式典

今年は4月30日に天皇ご退位、5月1日に新天皇即位と、日本の時代がかわる節目の年である。普段、皇室にさほどの思い入れのない人でも、襟をただす気持ちになるのではないだろうか。

この節目ほどに意識されていないが、2月24日には天皇陛下の即位三十年記念式典がある。おそらく日本中が祝賀ムードに包まれることだろう。国立劇場での式典の様子はインターネット中継されるそうだ。その前には記念貨幣や記念切手の発行もある。

この日、実は地方の文化施設が無料公開される。もちろんすべてではないが、公立の美術館などが対象になる。ありがたく文化に浸るのもいいかもしれない。あまり知られていないので、もう少しPRがあってもよさそうだ。

調べてみると、今回は地方が慶祝行事に総動員されている感じはない。地方でやるのは文化施設公開、記帳所設置や祝賀の旗の掲揚ぐらい。東日本大震災の被災地では復興庁の後押しでお見舞いの様子をまとめた写真展を開く。

自然なふれあいを大切にされた天皇皇后両陛下の思いがにじむ一日になるのかもしれない。新年一般参賀も大相撲初場所ご見物もちょっとしたブームの様相を呈した。代替わりのときをどう迎えるか、24日は試金石になりそうだ。


年2回、選挙の日をつくってみよう

豚コレラ問題に追われる愛知県の大村秀章知事がおもしろいことを言っていた。

県は2月に知事選を実施し、大村知事は3選を果たしたわけだが、その際、受験生から「投票にはいかない」と言われたそうだ。知事は投票なんていいから試験に行けといったとのことだ。これから国は受験生の事情に配慮して年明けに選挙をやるな、というのが知事の主張である。動かせるものなら、12月とか4月とかに選挙日程を動かせ、というわけだ。

揚げ足をとって怒っているなぁというなかれ。日本は選挙権の年齢を18歳まで引き下げたのだから、確かに18~19歳の有権者への配慮があってもいい。この受験生世代が1月や2月にのこのこ選挙に出かけて、インフルエンザにでもかかったらことである。そして若年世代の民意をすくえないのであれば、日本の未来はみえてこない。若年層偏重の日程を組んでもよいだろう。

もう少し突っ込んで考えたい。いま日本の選挙はどこも低投票率にあえいでいる。ならいっそのこと選挙はまとめてやったらどうか。解散総選挙となる衆院は別として、地方選など選挙は通常、任期満了をもって実施するものだ。春か秋、年2回、選挙の日を作ったらどうか。その年にある通常選挙はここに集中させるのである。統一選の統一率も落ちているから見直すにはいいときだ。

多少現職の任期が伸びたり縮んだりするだろうが、集約するときは容認しよう。冬の選挙は雪が降ることもあろう。高齢者だって季節のよいときに選挙があるほうが便利なのではないか。年2回は選挙のことをしっかり考える。必ずその時期に選挙があると思えば、ほかの予定もたてやすい。4月と9月の第4日曜日は選挙をする日と決めてしまおう。

怒るとすれば旅行会社か。投票所に行く人、支持者の応援に回る人が増えたら、旅行需要が減る可能性はある。確かに選挙活動は2~3週間続く。不在者投票を使う有権者がいても、一方でかかりっきりになる人も出てこよう。春と秋は新学期、また春は新年度のスタートだから、ちょっと準備が面倒かもしれない。4年に一回の地方選、3年に一回の参院選ぐらいは、我慢してほしい感じもするが。

実は最も反対しそうなのは与党議員かもしれない。米国の中間選挙もそうだが、選挙をまとめると、政権への評価をまとめて問う形になりやすい。国政の補選ひとつですら、そういう重みを持たされることがある。選挙日程はばらついて、勝ったり負けたりでいいのだ、肝心の衆院選で落とさなければ。無党派は寝ていろ、という自民党が考えそうなことだ。もう少し真剣に選挙に向き合いたいものである。



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「どちらでもない」は無責任だ

沖縄県で米軍普天間基地移設を巡る県民投票が告示された。「賛成」「反対」「どちらでもない」から選ぶ3択方式を取り入れた。政治決着の知恵ともいえるが、有権者の賛否を明確にしない投票に意味はあるのだろうか。3択方式に反対したい。

 

3択住民投票と聞いて思い出したのは、新潟県のプルサーマル住民投票だ。今回調べ直したら「賛成」「反対」「保留」の3択で「反対」が多数を占めたのだった。保留に賛成を足しても反対には届かなかったことから、一応民意は「反対」との結論が出たようだ。

 

しかし、東電柏崎刈羽原発のプルサーマル発電は東電の自滅で消えたようなもの。詳細は忘れたが、当時あいまいな決着を図ろうとした結果、民意の扱いが宙に浮いたような印象を持った。個人的には新潟の事例もあわせ、沖縄県の3択投票は意味がないと思う。

 

そもそも結果についての法的拘束力はない。署名を集めるのと一緒だ。むしろ草の根で署名を集めて国政・県政に突き付けたほうがパワーが感じられる。みんなで反対しましょうというのはどうなのか。

 

もちろん沖縄の切実な思いというのはよくわかる。普天間は危険だし、辺野古の環境破壊も避けたい。問題を沖縄にとどめ、日本人全体で考える空気ができないのはもどかしい。県民が支持した県民投票なら、結果に対しては日本人全体が真摯に向き合うべきだ。

 

しかし、住民投票という民主主義の道具があまり感心しない形で運用されるのはどうか。やるなら正面から賛否を問うてほしい。直接民意を明らかにする仕組みなのだから。「どちらでもいい」なんて世論は聞くに値しない。

どのくらいの投票があって、どの程度の結論が出たら、どういう扱いにすると、そのあたりまで深く考えた準備をしてほしかった。公費を使って実施する以上、首長や議員の選挙をする補完という重い位置づけがあってしかるべきだ。それはどの住民投票にもいえることだ。どうも日本の住民投票は政治パフォーマンスに終わるものが多い。

 

投票所にいかない人はどういうことになっても文句は言わない。参加の意思を放棄したのだから。自治体の不参加で民意を示せないというなら、署名を集めるしかないだろう。今回「どちらでもない」が多数を占めたら、国と県はどう動くつもりなのか。

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中央省庁をシャッフルしよう

最近の中央省庁はあまりに活力がない。ならば、いっそのことシャッフルしてみてはどうか。2001年の省庁再編からそろそろ20年。これだけ時代はめまぐるしく変わっているのだから、中央省庁も同じ体制で動く必要はない。時代のニーズに即して再々編しよう。

 

中央省庁の官僚として霞が関に住み着くという意識をもってほしいので、キャリア官僚は政策全般の回しを経験する経済企画省に必ず在籍する仕組みをとる。いくつかの役所で勤務し、次第に長くいる場所が決まっていくような人事体系にする。別に官僚バッシングをするつもりはない。有能な人のやる気を引き出したい。

 

橋本行革で大胆な省庁再編を実現したが、ほころびもあらわになってきている。内閣府になんでも押し付ける体制になっていること、厚生労働省が巨大化し動きがとりにくくなっていること、省庁の数は減ったがそれでもエネルギー問題や消防防災、経済外交、産業支援などで縦割りがみられること、などが課題だろう。

以下に再編の私案を示す。霞が関の役所を11省にしてみた。

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▼経済企画省(内閣府・経産省・各省統計部門)

→経済政策を立案する司令塔。内閣府を改組する形で防災や沖縄などは別の省庁に移管。官邸主導の政策立案をおぜん立てするのが主な役割。統計の作成と分析を集約。


▼産業革命省(経産省・金融庁・農水省・総務省・国交省)

→民間企業の窓口。産業育成・各種規制を担当。金融庁と経産省の産業支援部署に、農業、情報通信、運輸を合体。


▼環境エネルギー省(経産省・環境省・厚労省・文科省)

→地球と宇宙の環境全般に責任を持つ。原子力などのエネルギー対応、ロケット開発もここで請け負う。電気・ガス・水道のインフラも集約。

▼行政管理省(総務省)→地方行財政と霞が関の行政監視。国家公務員のキャリア育成も担う。


▼財務省(財務省)
→ほぼほぼそのまま


▼人生百年省(厚労省)

→厚労省を分離分割し、旧厚生省を復活させる。少子高齢化・年金・生活保護など福祉を担当。


▼人材育成省(厚労省・文科省)

→旧労働省と旧文部省を合体。幼児中等教育から大学までの教育システムと働き方改革、働く人の環境整備までを一貫して担当。


▼国土防災省(国交省・各省防災部局・農水省)

→建設省と農水省に防災部門を合体。公共事業の総元締め的位置づけ。自然災害への対応など有事の備え、消防も担う。


▼外交省(外務省・経産省)→経産省の経済外交と一体化


▼法務省→今のまま


▼防衛省→今のまま

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自転車乗りの保険加入を当たり前に

国土交通省が自転車の損害賠償を巡り、個人に加入を義務付ける方向で動いているとの報道をみた。えっ、そんなの全国一律でやること? 各地の取り組みはどうなっているのだろう。ネットで調べただけだが、確かに日本全国の課題になっている様子が知れた。

 

さすが保険会社、ネットを検索すると、au損保が2019年2月時点の自治体の取り組みをまとめていた。それによると、損保加入を義務付けたのは15年の兵庫県が第1号。その後、じわじわと追随の動きが広がり、10道府県市に拡大したようだ。

 

そういえば、兵庫県の場合、小学生が60代女性をけがさせて、1億円近い賠償を迫られたケースがあった。自転車事故の増加に伴い、被害者の救済と加害者の支援を両立するには保険が必要という判断が背景にある。

 

なぜ自転車事故が増えたのか。よくわからないが、若年層の事故率が高いので、スマホをみながらの運転で事故を起こす人が多いのではないだろうか。高齢者は自動車免許も手放す時代だからここでは被害者だろうか。人命に直結するから、賠償は高額になりうる。

 

兵庫県の2017年のデータをみると、自転車関係事故は6207件。前年プラスだが、8500件近かった11年より抑えている。自転車対車両が減ったようだ。だが、対自転車、対人は件数は多くないものの減っていない。条例では抑止効果までは望めないのか。

 

都市部の自治体では加入義務付けは必要だろう。地域にもよるが、政令指定都市が入っていれば、県全体でカバーしなくてもよいかもしれない。ただ非義務化地域で保険未加入の人が兵庫県で自転車事故を起こしたら。全国一律の義務付けは一考に値する。

 

直近では、自転車事故にあった元自民党幹事長の谷垣禎一氏が党大会に登壇というニュースもあった。au損保は「月々360円~」とホームページに書いている。最初は余計なお世話と考えたが、自転車乗りには必要条件かも。自転車事故を軽く考えてはいけない。

 

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