自治体のツボ

地方分権ってどうでもいいことなんでしょうか

地方自治・地方行財政・地方創生…地方のあれこれを取り上げます

2019年03月

企業版ふるさと納税に感じるもやもや

これはまたややこしい話だなぁ。東京電力と東北電力が原発建設中の青森県東通村に企業版ふるさと納税制度を使って、約6億円を寄付するというのである。規定に沿ってやっているのだろうし、村長もどうも根回しをしているようなので、双方納得づくで問題はなさそうだ。とはいえ、原発政策が絡んでくるから、ちょっともやもや感が。。。

企業版ふるさと納税は2016年度から19年度までの期間限定で導入された税制優遇制度。寄付額の約6割が税負担の軽減になるというお得な仕組みではあるのだが、企業の動きは鈍く、17年度で24億円にとどまっているという。個人版と違い返礼品を含めたお得感がないのが弱点だろう。寄付というのは見返りを期待しての行為ではないから、日本企業の社会貢献への意識の低さを表すともいえる。

企業版は見返りがないことを前提に税負担を減らすのだが、やはり寄付をしている企業はそこの自治体と何らかの関係があったりする。地域が発展すれば助かるから、法人関連税を少し軽くしてもらってそっちに回すというのはあり、ということなのだろう。経営者の出身地に寄付しているケースもある。これは趣旨には沿うが、トップのエゴとはみられないのだろうか。税が減ればいいのか。

電力会社の寄付はどうか。疑問なのは原発受け入れの見返りになるのではないかという点。今回は東通村から頼んでいるようでもあるし、すでに立地はされているからセーフか。電力会社の節税策にならないか。これは経営の自主的な努力とみればセーフか。地域の発展を願う気持ちからの純粋な寄付、といえるのか。まぁ、そうである。

今回の一件をもとに調べると、企業版ふるさと納税は自治体と企業の癒着ともいえるようなすれすれ感がある。自治体にとっては企業誘致と似た財源確保の自助努力といえるのかもしれない。ただ本来納めるべき税を減らして、企業にいいことをさせる、それで一部の自治体は得をするというのは、ちょっと。いいことをしたら、税まで減ったというならわかる。

問題はないのだろうけれど、なんとなく企業の動機に不純さがあるのではと勘繰りたくなるからもやもやする。
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地方議会の自主解散、いいことづくめ?

統一地方選に関連したニュースを検索していて、熊本県錦町議会が自主解散したという話題をみつけた。茨城県美浦村、徳島県石井町も解散したようだ。いずれも統一地方選の首長選に足並みをそろえた選挙戦とすることで、経費節減につなげるという。錦町は首長選が春、議員選が夏となり、二度手間になるうえ、夏の選挙は高齢者にえらいのだとか。議員が自らの任期を削って有権者に配慮する姿勢は評価したい。

マスコミというのはえらいもので、時事通信は錦町議会解散のニュースで、ちゃんと賛否両論、掲載している。経費節減、投票率アップ、有権者の負担軽減といいことづくめのようにきこえるが、この記事では任期前倒しの唐突な解散では新人が出馬準備をしにくく、無投票に終わる可能性があるとの見方を紹介していた。なるほど。現職議員のエゴだけではない反対理由もあるのだ。

そう聞くと、ちょっと首をかしげたくなる。選挙をまとめてしまうのはいいことなのか。統一選を活用すると、大阪市民の場合、うまくいけば、府知事選・府議選・市長選・市議選を一日で片付けられる。それは便利かもしれないが、府と市で論点は違うはずだ。首長と議会に求める仕事も異なる。むしろ投票日がばらけたほうが、有権者もじっくり判断でき、多様な民意を示せるのではないか。

ただ、昨今の低投票率を考えると、地方の選挙はいつやるかわかりやすく決めたほうがいいのではないかと思う。個人的には春と秋、年2回ほど選挙の日をつくり、地方の選挙はどちらかに寄せてはどうか。こういう仕組みにすれば、徐々に無理やり任期を縮める必要もなくなっていく。もちろん国政選挙や大阪ダブル選のような突発的なものは除く。経費も無駄にならず、選挙に出ようとする人は計画を立てやすい。有権者も選挙の予定を織り込みやすい。

自民党の選挙戦術を語るとき、衆参同日選の可能性がよく語られる。政権の基盤が盤石で首相に人気があれば、一挙に安定した勢力を確保しようというものだ。基盤がぜい弱なときは、逆に選挙を避けようとし、党議員の不祥事で補選でも生じようものなら党幹部はあからさまに苦虫をかみつぶす。勝敗だけを考えると、妥当な判断のようにみえるが、やや有権者をばかにしている。やっぱり選挙というのはある程度定期的にあったほうがいい。権力への抑止にもなる。

地方議会の自主解散は理解できる。要はしっかりと民意をくみとれるかどうかだ。統一化にこだわるとよろしくない地域も出てくるだろう。まちの政治への賛否が偏り、議会を通じた議論が不活性になる恐れがある。今回の兵庫県明石市長選のように、間が一か月しかないなら、そろえたほうがよさそうだ。ダブル選にわく大阪は大きな政策論争が必要なのだから、むしろ1年に2度選挙をやってもよかった。税金はこういうときに使えばいい。

ちなみに地方議会の自主解散、地方議会解散特例法という決まりがあって、地方議員の4分の3以上の出席があって、その5分の4が賛成すれば自主解散できることになっている。ウィキペディアによると、東京都議会黒い霧事件の際にできたそうだ。そうなんだ。なにはともあれ、有権者よ、選挙を面倒くさがってはいけない。

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「交付税いりません」と言う自治体出てこい

総務省が2018年度3月分の特別交付税額を決定した。話題になったのは、ふるさと納税で多額の寄付を集めた自治体への配分減額である。ペナルティーでないと総務省は説明しているようだが、そうなら、だまし討ちのようなことはせず、事前にしっかり伝えておくべきだったのではないか。こういうやり方は国と地方の信頼を失わせるし、総務省が配分権限を握っているとのあらぬ批判を受ける。

総務省のことだから、計算そのものは自動的にやっているのだろう。石田総務相は会見で財政力指数と財源超過額を踏まえ、不交付団体並みの扱いをしたと指摘している。おそらく寄付が集まりすぎた自治体は交付税をもらえる額が減るのだろう。以前から、地方は収入を確保する努力が足りないといわれるが、自主的にお金を集めると、結果的に交付税は減る。

報道をみると、減額対象になった静岡県小山町の担当者は「交付されないこともあると考えていた」と取材に答えている。とすると、総務省はもっと誠意をみせるべきだった。ふるさと納税で自主財源を増やしたのは評価する、だが、残念だが、機械的に計算すれば交付税は減りますよと、念を入れて説明をしておくべきだった。いわんこっちゃない。総務省はひどいという批判がネットにあふれている。

ここで考えておきたいのは、地方の自主財源が増えるというのはどういうことかである。自主財源が増え、国依存が低下することを本当は喜ぶべき。ところが、自治体はそう受け取らない。なんだ、自分で実入りを増やしたら、国の支援が減るんだ、となる。三位一体改革がそうだった。情けないことに地方は国からの税財源の移譲が交付税減額と裏腹にあると知って、以後、自主的な財政改革論議は消えた。

今回も同じだろうか。大阪府泉佐野市、小山町、和歌山県高野町、佐賀県みやき町には意地をみせてほしい。もちろん泉佐野のような行き過ぎたふるさと納税は問題ありとみるが、適正な集め方をしているのなら、自主財源が増えたことをもっと胸をはって強調してほしい。そして、国からの自立度をアピールしてほしい。

今回の一件。本来なら特別交付税をもらわずに運営できる自治体が出たことを称賛すべきなのだ。ところが、ふるさと納税のいびつな発展がいつもの国と地方の対立という文脈でみられてしまった。非常に残念なことである。




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三陸鉄道の前途を祝したい

3月23日、三陸鉄道リアス線が誕生した。南北リアス線をあわせた全線の営業距離163キロは第三セクターとしては最長である。東日本大震災の被災により存続が危ぶまれた宮古・釜石間、JRからの移管を受けた。

かつて碁石海岸に行ったことがあって、たしかそのときに北線に乗った。被災後も南線には何度か乗った。海沿いをごとごと走る感じがいいのだな。BRTも気仙沼から使ったが、あれはあれで便利。時間は鉄道よりかかるが。

ただこれからの経営は並大抵ではない。もとより24年連続で経常赤字という不採算路線。目下2年連続で最終赤字である。沿線の人口減、通学定期券の利用減が経営を直撃している。

あとは観光需要だが、内陸の東北新幹線からあまりに遠い。一ノ関から盛まで3時間ぐらいかかる。沿線住民の生活路線なのだから、仕方ない。企画乗車券が編み出されているから期待しよう。

BRTでもいいんじゃないかと思ったが、そうはいかない。バスは雪に弱い。東北では致命的だ。鉄道の輸送力はばかにできないのだ。バスの撤退のしやすさも地元が嫌がるところ。嫌われるバス。小回り効くのに。

JRは復旧費210億円のうち140億円を負担し、さらに30億円を協力費として捻出するようだ。随分がんばったほうだろう。金がないという自治体ももう少し頑張らないといけないのではないか。

あまちゃん効果もあり知名度は高くなった。それを持続させるのは会社と自治体の責務だろう。一度失った悲しみを忘れず、テコ入れし続ける熱意が問われる。
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八頭町が「これからの日本」をやっている

鳥取県八頭町。大変恐縮ですが、昨日、初めて覚えました。なんとなく聞いたことはあるけど、智頭町と間違えていたかもしれない。印象づけられたのは、3月23日に始まったという自動運転バスの走行実験。過疎地でも大胆なチャレンジしているな、過疎地だからこその好取組だなぁ、と感心している場合ではなかった。どんな町か調べてまたびっくりした。いろいろやっているのである。あの石破茂氏のおひざ元であるようだ。

ホームページをみると、「未来の田舎はどうあるべきか」真剣に向き合っているのだという。「これからの日本のことをやっています」というキャッチフレーズもふるっている。こんなことやったらどうだろうという先駆的な取り組みをいくつも手掛けている。ソフトバンクグループの力を借りた自動運転バスもそうだが、廃校をIT拠点として再生したり、もうかる農業をめざし柿のGI登録やコメの新ブランド化を進めたり。

人口は1万7千人。いろいろ手掛けても増えるということはないのだろうが、活力が乏しいイメージはない。これなら行ってもがっかりしないんじゃないか。地域を走るローカル線に「隼」駅というのがあって、なんとスズキのバイク「隼」の愛好者が集う拠点になっているのだとか。自然発生的にこんなエネルギーがわくのも偶然ではないんじゃないか。若桜鉄道はラッピング電車で便乗しているし。したたかに生き抜こうとするところもありそうだ。

地方を再生するとき、いつも思うのは地元の人の熱意のなさ。地元の魅力を魅力と感じ取れないのだよね。一方、外モノがくるとよくはなるんだけど、都会資本に引きずりまわされ、地に足がついていなかったりする。ここをうまく融合して地域ならではの色が出るといいんだけどなぁ、と感じることが多い。町の人に話を聞いたわけではないが、ホームページにはってあるCMをみると、都会的センスももった地元の人がうまくやっているという印象。これなら持続するのではないだろうか。注目だ。




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読書感想文~~元気な日本を創る構造改革

中央大学で長らく教鞭をとられた佐々木信夫氏の著作「元気な日本を創る構造改革」を読んだ。いままでも歯切れのよい批評にうならされてきたが、今回は大学を離れて「ホンネで持論を展開した」という。州の新設、憲法改正の論点、大阪の副首都化などなど、地方行政に対する政策提言になっており、統一地方選を間近に控えた今こそ、読むべき本と思う。

提言の柱は47都道府県の見直しである。明治以来の仕組みをここでぶっ壊して、いまの日本の国力にあわせた形に作り替えようということだ。名付けて「廃県置州」。日本ではいちど、道州制導入論議に失敗した経緯がある。変える意義が伝わらず、政治課題になりえなかった。単に都道府県のいくつかをブロックにして再編したような気になろうということだったから失敗した。

佐々木氏の提言は大都市を軸に州を創るというものである。州は広域的な行政体と位置付け、ブロックの産業政策、観光振興、エネルギー対策などを担う。行政機能の効率化を目的とするとうたうが、ただどうも47都道府県は温存されそうで、国ー州ー県ー市町村という4層構造にならないかという懸念は残る。国との権限をどう整理するかというところももっとすんなりした設計がほしい感じだ。

ただこの本の魅力は、具体的な政策提言だけでなく、政治に発破をかけている痛快さにある。政治の役割を「その時代の国のかたちを設計する」ことだとし、この数十年の統治機構改革の停滞を「政治の怠慢」と喝破するのだ。その国の国民のレベルにあわせた政治家しか生まれないというのは、よく聞く嘆きだが、有権者・国民にも耳の痛い指摘である。

無投票の当選者を生む地方政治にも警鐘を鳴らしているが、その地域に住む人が自分のこととして、将来を考えないと、日本に未来はない。農業の無策ぶりからは国民の無責任さもあぶりだしている。東京一極集中の弊害を指摘するところでは、東京とそれ以外の日本の現状を「この国はいつの間にかふたつに分かれている」と厳しく指弾した。

人口減に地方空洞化、東京一極集中。なすすべもなく立ちすくんでいていいのか。多くの知恵をめぐらし、様々な手立てを駆使すれば、何とか活路は見いだせるのではないか。現状の打開、できないことはない。地方を見渡すと暗い話が目に付くが、非常に明るい地方論。佐々木氏が問うているのはそうした気の持ちよう、心のありようである。
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地方の元気のなさしか見えない統一選告示

4年に一度の統一地方選。前半戦は都道府県と政令市の選挙である。今年は型通りにいかないのかもしれない。知事選はまれにみる保守分裂なのだ。今回の11知事選を詳細に分析していこう。

現職知事に共産党しか候補を擁立しない、通常であればいわゆる無風選挙は神奈川と三重。現職しか選びようがないという選挙、現職への批判票がどのくらい入るかがポイントになる選挙だ。これは有権者がどのくらい投票所に足を運んだか、対立候補がどのくらい得票したかぐらいしかみるべきところがない。無責任に候補をどんどんたてろとはいわないが、典型的な「有権者は寝ていればいい」という選挙で、むしろ有権者の姿勢が問われる。

次が新人戦。新人同士が相まみえる選挙は北海道と大阪、島根。今回は意外に現職が踏ん張っており、8か所は現職が立つ。北海道は与野党対決。大阪は元府副知事と元大阪市長の戦いだ。島根はなんと総務省消防庁出身者2人に元市長、共産の4人が立った。これは各地、選択肢があって、選挙のやりがいがある。

残る6つは現職を含む複数立候補選挙。これは有権者に選択肢を与えるものである。ただ大分と鳥取、奈良は報道をみると、現県政の評価がポイントと出ているので、おそらく現職は有利な戦いを進めているのだろう。ほかの2つ。福井、徳島、福岡は与党分裂選挙である。この3県に島根を加えた4つが今回注目の分裂選挙だ。

NHKは「余裕があるからこそ、対立構造が生まれる」という与党幹部の発言をひいていたが、そうかな。地方は小さくなる一方のパイをなりふり構わず、露骨に取りに行っているのではないか。地元経済としては余裕も厚みもないので、知事の首を抑えて、少しでもおいしい思いをしようということなんじゃないか。

ただ保守分裂というが、候補者は元官僚ばかり。福井と島根の総務省の先輩と後輩が争う構図はあまりに醜い。福岡は経産対厚労。結局、御しやすい人をトップにもってきて、おこぼれにあずかろうということではないか。官僚という人々は権威に仕えてなんぼ。生来、そういう気質の人たちだから、急にトップといっても県民をけん引する魅力と政策がすぐにできるわけではない。無難に無難に。地方はそこまで病んでいるのだ。

平成最後のリーダー選びなんていうけれども、活力を失った地方がかつぐのは無難さが売りの官僚ばかり。もちろんタレントが転身すればいいといいたいのではないけれど、地域をこの人たちに本当に託していいの?とちょっと聞きたくなる。そんな告示日である。

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ダブル選、1勝1敗と予測する

さて、大阪である。選挙をやるというのなら、結果を占ってみよう。

松井氏は人気があるし、今度は市長選だから勝つだろう。結構、大阪の人は有名人に甘い。ただ維新・無党派以外は対抗馬に回るだろう。自民と公明の組織がフル回転した場合、どうなるか。松井氏が落選するほど大阪都構想は人気薄なのか。市長選で松井氏敗北となったら、完全に維新の息の根は止まる。

府知事のほうは、小西氏有利とみる。府下となると、反維新票が出る可能性が高い。集票組織がフル回転した場合、果たして吉村氏の知名度で勝てるかどうか。クロス選への反感が投票行動に出るのではないか。公明党も強い。堺市のように反維新が根強い地域もある。

ダブル選に圧勝しないと、都構想の推進力はかげる。奇策で勝負をかけた格好だが、大阪の人はどこまで寛容だろうか。議会選も苦戦しそうだ。G20サミットと万博を成功させなければいけないのに、自らの政策にばかりこだわっていていいのだろうか。有権者の判断を楽しみに待ちたい。
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原発を動かすための3条件

宮城県議会が東北電力女川2号機の再稼働の是非を問う住民投票条例案を否決する方向となった。審議を尽くしての結論。これに異議を唱える必要はないだろう。

反対派が怒るのは無理ないが、否決されたからといって嘆く必要もない。県内では相当な議論になったろう。そのプロセスが大事で、誰がどんな議論をしたかに意味があると考える。住民投票になじむ問題かどうかは改めて議論した。

ここでは原発再稼働の是非についてまとめておきたい。私は原発は稼働させるべきだと考える。企業のエネルギー負担も減り、環境負荷も少ない。原子力は技術としてもっておくべきものだ。軍事転用を視野に入れるわけではないが、研究を途絶してはいけないと思う。福島で事故が起きたから原発ゼロというのはどうかと感じる。

ただそれには条件がある。不安のない稼働。震災と津波の発生により、原発政策は新たな段階にきている。条件を3つ挙げてみたい。

①嘘をつかない
事業者も国も何かにつけて隠そうとする。真摯に取り組まないといけない。難事業なんだから、うまくいかなくて当たり前。念には念を入れる。それでも過ちがあれば、改める。そこの信頼感が何より必要。

②無理をしない
ダメなものはダメ。老朽化したり、壊れかかったりしているものは、安全第一で閉じる。頑張って使うことはない。国の新安全基準は世界に冠たるものだという。ならば、それに従って厳格に運用すればよい。

③オープンであるべし
場内に入るには極めて厳しい段取りが必要と聞く。それはそれでよいのだが、施設への理解を広くしてもらえる工夫が必要だ。迷惑施設だからといって反対ばかりするのもおかしいし、目をそらすのもおかしい。疑問には即座に答える。かかわっている人々が胸をはって動かしている施設であってほしい。

原発をなにがなんでも動かせといっているわけではない。人間のやることだから間違いはある。あるが、真摯かつ丁寧に技術と向き合うこと。リスクを少しでも減らして人間生活のために取り組むこと。それが地震と津波の教訓ではないか。おまえ、稼働に賛成して、次に事故を起こしたときに責任を持てるのか、という批判はあるだろう。しかし、これまでの積み重ねも踏まえた、さらなる前進を望みたいと思う。
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被災地を一緒くたに語るのはやめよう

東日本大震災から8年である。印象を言ってしまうと、今年の報道はあまりに後ろ向きだった。なぜだろう。福島の現状に対する怒りというのは薄めだった。だが、被災地の人々の生活がなかなか元に戻らないというところにフォーカスが集中したように思う。8年もたって、元通りにならない現状を、被災者になりかわってメディアが憤慨しているような。悪いことではないが、被災地経済はものすごく停滞し、よどんでいるという印象を与えたのではないか。

キーワードとして前面に押し出されたのは、いまだに避難している5万人、行方不明の2300人といった数字。行政が撤収を検討している仮設住宅に住み続ける人へのクローズアップも目に付いた。あとは直前に政府が決めた復興庁の後継組織設置もさかんに報道された。宮城と岩手の態勢は少し軽めにし、福島に重点を置くということだろう。

少しずつそちらへ向かったほうがいいと思う。宮城と岩手は徐々にフェードアウトし、残された課題に丁寧に取り組めばいい。逆にいうと、残された課題に重点的に取り組む。少しずつ平時に戻ったほうがいいのだ。そのほうが外国人も来やすい。一地方に戻るべきときなのだ。いつまでも福島と同列にし、3県まとめて語るべきではないのだ。

だが、福島はそうはいかない。この違いをもっと明確にしないといけない。8年目の被災地は、宮城・岩手と福島を切り離し、国の手当て、域外からの支援の意味合いを変えていくきっかけにすべきなのではないかと思う。福島にはまだ廃炉作業が遅々として進まぬ第一原発がある。従前の生活を取り戻せない人の多くは福島県民なのだ。この現実をもっと強調すべきだった。

被災地を一緒くたに語るのはやめよう。宮城と岩手を軽視するということではない。平時モードに戻ったほうが身のためだいうことだ。逆に福島はもっとやらないといけない。被災者大変とひとくくりに後ろ向きに語るのではなく、宮城と岩手は前向きな材料をどんどん出していく。福島はさらに真剣に向き合う。このメリハリこそ日本人がやるべきことではないか。

今回の震災関連の動きで、渋谷の駅頭にヤフーが出した意見広告は見事だったと思う。非常にインパクトがあり、かつ真面目な訴えだった。これは忘れてはならない広告だ。



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