自治体のツボ

地方分権ってどうでもいいことなんでしょうか

地方自治・地方行財政・地方創生…地方のあれこれを取り上げます

2019年04月

町長急死と公金紛失

宮城県涌谷町長が急死されたそうだ。まずはご冥福をお祈りしたい。報道をみると、自殺の可能性が高いという。現職首長が突然亡くなるというのは、残された職員も大変であろう。今回のニュースを調べてみると、町長は公金紛失と財政危機に悩んでいたとされる。本当だとすれば、誠に痛ましい。

それにしても見逃せないのがこの公金の紛失である。納税された固定資産税およそ30万円がなくなったというのだが、2度にわたっているのだという。1回目の14万円は過大収納金と職員の補填で埋め合わせたと町の報告書は書いている。なんのことはない。隠ぺいである。

この過大収納金というのがまたひどい。収納業務で計算の合わなかったお金をプールしたものだそうである。歴代の会計管理者が引き継いだお金だという。公金管理に対する責任感が欠如している。「こういうときのためにためておいたのですよ」と晴れやかにいうのだろうか。納税者からのねこばばではないのか。全国、どこの自治体でも当たり前にやっていることなんだろうか。

自腹も切ったからいいじゃないですかというのかもしれないが、そのときに適正に処理しておけばこんな大ごとにならずに済んだはずだ。事件なのか、ミスなのか。原因を究明しないから二度も同じような事件に巻き込まれる。やましいことがないなら、むしろオープンにして、しっかり問題のありか、責任の所在を明確にしておけばよかったのだ。そうやってしっかり対処していれば、逆に町政への信頼が生まれていただろう。

副町長が辞任する事態に発展し、町長も「眠れない」とこぼしていたという。しばらくはトップ不在の中で切り盛りしないといけないのだろうが、こうなった以上、町職員は一致結束して財政を改善し、信頼回復に努めるしかない。議会とともに適切な打開策を練ってほしい。

ちなみに涌谷町というのはのどかな町だ。石巻にクルマでいって、なんどか通ったことがある。国内で初めて金が出たところで、奈良の大仏の制作でも使われたとか。あぁ、それで岩手に中尊寺金色堂なんてできるのか、と思った記憶がある。城山の金さんなどというゆるキャラは知らなかった。
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もしもこんな地方議員がいたら

今回の統一地方選は選挙戦から投開票結果まで、それぞれの地元でしっかり成り行きを見守ってほしい。なんとなく盛り上がりを欠いているような気がして仕方がないのである。お祭り騒ぎをする必要はないが、まちの未来を誰に託すか悩む真剣さというか、かたずをのんで先行きを見つめるという緊張感がどうも薄いように感じるのだ。

そう思うのは、なり手不足を懸念する報道が少なくないからでもある。時事通信の報道によると、41道府県議選は総定数2277人に対し、立候補者数が3062人と過去最少を記録。一方で無投票の当選者は612人で過去最多だった。4人に1人が選挙の洗礼を受けずに議員になる計算だ。実に4割の選挙区で無投票当選となったという。候補者がいないから選挙が成り立たない。それがいまの日本で起こっていることである。

たぶんこれからは人口も減るから、なり手が増えるということはないだろう。定員割れも頻繁に起こってくるだろう。そうすると、自治体の決めたことが議員による点検もなく、実行に移されることになるのかもしれない。地方議員がいなくなったときの風景を考えてみよう。ま、いなくてもいいか。いやいやだめだろう。

ただ現実問題として、地方議員専業というのはもう難しいのかもしれない。よく検討されるように副業・兼業としての議員を当たり前のようにしないといけない。大都市で別の仕事をもって働き、ふるさとでは議員をする「週末政治家」というのも考えないといけないのではないか。隣接するふたつの自治体で議員をやる「かけもち二股議員」はどうか。

いっそのこと、国会議員の地方議員兼務はどうだろう。不倫したり、国会で居眠りしたり、会合の挨拶ばかりしたりしているんなら、地元で議会活動を支えてくれたほうがよほど有益。地元と東京と頻繁に往復しているし。議員の仕事をやりたいという責任感・使命感があるのだろうから、いい仕事をしてくれるのではないか。国政にもプラス。地元の利益誘導ばかり忖度されては困るが。ただ国政選挙と地方選挙をひとつにまとめれば、選挙の効率化にもなる。

あまりに人がいなくなれば、選挙の洗礼もなしでいいことにしてはどうだろう。裁判員のように一定期間、強制的に仕事をお願いする「地方行政員」とか、国が特に議員の少ない地域に有為な人材を送り込む「地方議会維持協力隊員」とか。定年を迎えた高齢者に行政監視を頼む「お年寄り議員」とか。選挙のハードルを取り除くと希望者はぐっと増えるかもしれない。真面目に行政をチェックしてくれる人を取り込めば、議会機能の強化になる。将来の立候補を考えてくれる予備軍にできるかもしれない。

だが、どんなになり方に工夫を凝らしても、やってみようと思う人を増やせなければ仕方がない。地方議員という仕事に魅力はあるか。報酬も少ない。メディアで目立つのは真面目な取り組みではなく、取っ組み合いの喧嘩。不倫、DV。「なぜ議員になるの?」「目立ちたいから?」。若い人はそう思うかもしれない。かつては冷やかしの泡沫候補もいたが、いまや泡沫すら乏しい。議員の仕事の意義をどう伝えるか。日本の地方の難題だ。


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大阪ダブル選は本当に1勝1敗なのか

きょうは新元号の発表日。頭文字はKかJかRだろう。全くの当てずっぽう。

さて、3月31日(日)の読売新聞朝刊。大阪版の1面アタマ記事は統一地方選の情勢分析だった。「大阪知事選、吉村氏が先行 市長選は接戦」ときた。そうなんだ。知名度が効く府知事選は維新に有利に運ぶそう。都構想にどちらかというと否定的な大阪市民は入れ替え選にも反発しているようだ。私の予想とは逆になるが、1勝1敗との結果が出る可能性を残しているとみられる。

やはり読売はよく調べている。保守分裂となった福井、島根、徳島、福岡の4知事選についても、現時点でどの候補が優勢か、ある程度はっきりと書いている。どの陣営も選挙後の政策の主導権を握ろうと、懸命に戦っているようだ。あまりに野党がだらしないので、保守同士、与党間で政策をぶつけあうしかないのかもしれない。いや、それはきれいごとか。保守の勢力争い、陣取り合戦、仲間割れという感じか。

しかし、どの記事をみても、未来の地方を語る記事がない。そういう選挙戦をやっていないということなのだろう。目を引くのは保守分裂で、大物自民党政治家の神通力が薄れているとか、昔の遺恨が再燃、という話ばかり。人口減に伴って地域の行政の形をどうするのか、地方経済のてこ入れをどう進めるか、という議論はあまりきかない。地方の隅々まで様子を知るのは困難だが、今回はだいぶ国政の事情が地方を覆っている印象だ。

大阪は政策論争に光が当たっているほうである。改めて橋下行政の成果とマイナス点、大阪都構想の運びなどを掘り返しているようだ。民間活力の導入が進んだとか、改革の持続力がなさそうだとか、様々な議論があり、さすが選挙戦という感じだ。行政はどうあるべきか、地域経済はどう盛り上げるか、等々の各地域で掘り下げるべき論点を、政治がある程度、有権者に示しているということになろう。大阪ダブル選の帰趨は開票終了まで予断を許さないが、理想的な選挙戦をしているのは大阪ぐらいか。
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