自治体のツボ

地方分権ってどうでもいいことなんでしょうか

地方自治・地方行財政・地方創生…地方のあれこれを取り上げます

2019年05月

ふるさと納税、まだまだ工夫できる

やはり国が乗り出してきた。ふるさと納税だ。この問題ははみ出した自治体をしばらく野放しにした総務省が悪い。国の制度をノリノリで使って行き過ぎた自治体が悪い。どっちが悪いかというと、頑張ろうとした自治体を急に悪人扱いにした総務省が悪い。国と自治体のコミュニケーションの乏しさを浮き彫りにした。

6月から始まる新制度では、寄付した額に対する返礼品は3割以下に抑えられる。そして国の指定を受けた自治体でないと、寄付控除が認められなくなる。非指定自治体は東京都のほか、小山町(静岡県)、泉佐野市(大阪府)、高野町(和歌山県)、みやき町(佐賀県)。また43市町村も手法に問題があるとして、適用期間を短縮される。国のお仕置きですな。

最初の制度設計に問題があったのだろうし、逸脱が出てきたら、即座にアクションを国は起こすべきだ。突然の上意下達では不利益を被る人が多すぎる。どうも官房長官が起点になったプロジェクトだけに、手を打つのが遅れたような気がしてならない。忖度があったのでは。

行き過ぎた自治があるからといって、「だから国がちゃんと監督しないと」という議論にはくみしない。なんら地域と関係ない物品が返礼品となったのは、財政をたださんとするためでもある。創意工夫とはいえないが、悪知恵ともいえない。トライ&エラーでいくしかない。

前回、自治体がコンビニでも運営してみたらどうかと書いた。民間モデルで稼いだって、地域貢献と財政貢献になれば、差支えあるまい。

ふるさと納税の趣旨は、納税者の負担は変えないが、負担する相手は変えるということだ。その際に生まれる返礼品は地域の地場産業のためになり、納税者の懐にもプラスになる。だから、ふるさと納税を生かす努力は地域振興につながるというわけだ。このぐらいのことをしないと、地方経済が潤うなんてことはないだろう。

東京だって盗まれたといわず、首都経済を潤す返礼品を出したらどうか。かつて東京で働いてUターンした人が、東京に寄付しようと思えるような。練馬区の練馬大根、東京都のブランド豚「トウキョウX」、世田谷区の世田谷線乗り放題切符。もっとPRすればいい。東京だってふるさとだと思う人はいくらでもいる。若いころ世話になっていれば、なにがしか寄付したいと思うのではないか。

要は地域の盛り上がりを作る、地域の課題解決に生かす。納税者の心をくすぐれば、目先なんていくらでもかわる。まだまだふるさと納税を使う余地、生かす余地はあると思う。せっかくの制度、もう少し知恵を出して、生かしてもらいたいものだ。これで機運をしぼませてはならない。
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コンビニ、自治体職員が運営すれば

この春、近所のローソンが閉店した。近くにできたセブンに負けたのか、長らくなじみにしていた店だったので残念。もちろん深夜でも開いていたので、会社帰りの空腹をいやすのに助かった。あそこで働いていた長髪のお兄さん、どこかで仕事見つかったかな。

さて、コンビニの24時間営業見直しが議論になっている。人手不足の実情を考えるとやむを得ないが、深夜でも煌々とあかりのついている店はなんとなく安心できる。時々得体の知れないおじさんやうるさい若者もいるけれど、雑誌を探せるのも大きい。日常生活になくてはならない存在だ。

東日本大震災後、コンビニの存在がいかに大きいか知った。仙台・荒浜にあったセブン。私がみたときは仮設だったが、物資を届けるドライバー、復興事業にあたる作業員に頼りにされていた。貴重な商品を買うのはちょっと気が引けた。福島のコンビニではトイレを借りられるのがありがたかった。

阪神大震災がそうだが、自然災害が起きると、被災者に商売するのかという議論が出る。最近では物資を拠出するケースもあるようだし、何より人がいないところでもだれかがいるというのは大きい。気仙沼で打ち上げられた第十八共徳丸の近くのセブンは観光案内の役目も果たしていた。

防犯や地域のにぎわいづくりにコンビニは欠かせない。多発する災害がその重要性を知らしめた面もある。郵政民営化の検討時、「郵便局がなくてもコンビニがある」という議論に「過疎地にはできないだろう」と違和感を覚えたが、むしろ高齢者にありがたがられる存在。都市も過疎地も関係ない。

持続できないのなら、いっそ自治体がFCになってはどうか。地方公務員が兼業で働けばいい。有事にも機動的に動けるのでは。地域を守る公益性の観点からも、働き方改革の観点からも悪い話ではないように思う。

いまのコンビニ論争に自治体や首長ももっと声をあげたらどうか。「24時間やめてくれ」でも「撤退しないでくれ」でもいいから。現実的にはだいぶ地域を担ってくれている。所によっては公共サービスの提供拠点として郵便局や役場をしのぐ信頼がある。
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民生委員、今年は3年に一回の改選期

連休明け、NHKのサイトをみていたら、「どう確保する!? 東京の民生委員」(5月9日)という記事が目に飛び込んできた。やはり人手不足で民生委員もなり手がいないんだろうな。

今年11月末は3年に一回の改選期だそうだ。へええ。全然知らなかった。頼まれたらずっとやっているのかと思った。非常勤で特別職の地方公務員。児童委員でもある。

民生委員というと、私生活に首を突っ込んで面倒という話をよく聞く。当然メディアで取り上げられるのは悪い例。20万人もいる民生委員の大半はきちんとした正義感に基づいて働かれているだろう。

これだけ核家族化が進行すると、むしろやりにくいのは民生委員だ。若い母子家庭、単身の高齢者の私生活に踏み込むのは簡単なことではない。しかも、そういう世帯が増えている。

DV、幼児虐待など見抜ければいいが、事件が起きてから「何してた」と言われかねない。多少でも見知った人ならまだしも、都市部ではどこに誰が住んでいるか、どんな人かなんてさっぱりわからない。

なり手不足は人数の問題でなく、やりたがらない、敬遠されてしまうから起きるのではないか。無報酬でどのくらいの人が引き受けてくれるのだろうか。

いままでは「こういう人がいるから頼ってね」というPRだったろうが、これからは「大事な仕事だからやってくれませんか」というPRが重要になってくるのだろう。

そろそろ自治体が候補者を絞り込む時期だそうだ。NHKのニュースは現役民生委員にも苦労ややりがいを聞いていた。少しでも関心が高まるといい。


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「年長」さんが暴走したら

札幌市議会が空転したというニュースをみた。議長選出のため、臨時に議長となった市議(79)が「立候補による選出」を打ち出し、突如議長席を占拠したのだという。8時間にわたって居座ったそう。こんな形で議事を妨げるとは。最長老というが、あまりに未熟であいた口がふさがらない。

といって、嘆いてばかりいても仕方がない。私が目をとめたのは、この議員がなぜ臨時議長に就いたか。地方自治法の規定だという。同法107条。議長・副議長を選挙で選ぶ際、議長がいなければ「年長の議員が臨時に議長の職務を行う」ことになっているそうだ。

日本は長幼の序というのが効く国なのだ。高齢社会でもあるし、合理的にできている。一般社会では経験を積んだ長老は知恵ももち、若い人たちの模範になるべき資質を備えている。そう考えるのが普通。自治法も「最年長」とせず「年長」と記しているところが味わい深い。

ところが、今回のようなケースを目にすると、もしや、これからは高齢者のほうが暴走するケースが増えるのかもしれない、とやや背筋が凍るような思いがする。年長は必ずしも知者を指すわけではない。高齢者のほうがキレやすいし。一般社会では「高齢者は怖い」と考えるのがいまや普通?

もう一歩。なぜ臨時議長様はキレたのか。主要会派で議長を暗に決めてしまうのを問題視したようである。数の力で密室で決めるなよと思ったのなら、そこには耳を傾けてもよさそうだ。やり方はだめだし、自分がなりたいと思っただけかもしれないが。

たぶん暗黙のルールによる運営は通用しない時代なのかもしれない。ヒトの数が減っていくと、ややこしいことを棚上げしなくても、「みんなで決めよう」でいいのかもしれない。ちゃんと透明なプロセスで話し合って、説得し、納得する。そこに時間をかけるのは悪いことではない。

札幌市議会は、あまり反省しなくてもいい事例のように思うが、もし全国的な教訓を探すなら、議長選出の手続きを透明にすることを考えてもいいかもしれない。経験もない人、会派の規模が小さい人がすぐなるというのはやはりおかしい。議会運営を知った人が透明な手続きで選ばれるといい。

さて、自治法107条の「年長」規定は書き換えるべきか。規定をなくすと、じゃんけんやくじ引きで決める議会が出てきそうだ。やはり当選回数か。議長や委員長の経験者とか。そういうのもひっくるめての「年長」だろう。年齢だけで決めろと言っているのではないのではないか。

それにしても議会のニュースというと、こういうとんでも事例ばかり。民主主義の発展に寄与しているとか、地方自治を貫いているとか、そういう全国で学べるような話が前に出るといいのだが。統一地方選後の話題がこれではなぁ。
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「ベテラン京都」対「ルーキー栃木」

天皇陛下の代替わりで地方がかかわる重要な行事が13日行われた。斎田点定(さいでんてんてい)の儀である。11月の大嘗祭に備えた儀式で、神々に備える米の収穫地を決めるのだそうだ。亀の甲羅をあぶってひびの入り具合で場所を決めるのだという。大嘗祭が天皇陛下にとっても一回限りの行事であるということは知っていたが、こんな占いまでは知らなかったなぁ。占った結果、選ばれたのは京都府と栃木県。京都は久々に常連さんが登板という感じ。対する栃木はルーキーの登場。ベテランと新人という組み合わせ、なかなかの妙ですな。

日本全国どこでもコメがとれないとできない儀式。それだけ日本人とコメは切っても切れない関係にあるということだろう。皇室行事もコメの収穫を願う儀式が多い。古来、人間の生活が豊かになるようにと祈ってきた役割を皇室は連綿と受け継いでこられたのだなぁ。亀の甲羅を使うというのがまた古くからの伝統を継いでいる感じがする。小笠原諸島でとったアオウミガメの甲羅を使ったそうだが、いま始めたら世界中から批判されそうだが、これは古式ゆかしいということで許してもらおう。でも、どういうひびが入ったのだろう。公開されないと聞くが、展示してもらってありがたく拝見したいものだ。

さて、収穫地として選ばれるのは東西それぞれから一か所ずつ。東日本と西日本に配慮されている。日本をふたつに分けるという発想はずいぶん昔からのことなのだな。東を悠紀、西を主基というようだ。新聞報道によると、平安以降、主基は丹波と備中を交互にあてたという。一方、悠紀は近江。だから京都は常連さんなのだ。NHKによると、前回平成2年の大嘗祭のときは悠紀が秋田県、主基が大分県だった。あきたこまちが世に広く知られるきっかけになったようだ。県で選ばれる斎田と大田主さんは大変だ。無事に収穫されることを祈りたい。

時事通信がもう少し詳しい記事を作っている。大正は愛知と香川、昭和は滋賀と福岡だったという。明治は山梨と千葉。両方東日本で、千葉が主基。東西逆転の理由は東京を中心に選び、伊勢神宮に近いほうを悠紀にした、という有識者コメントを紹介している。へええ。大正と昭和は京都を中心に東西を分割したとか。令和は18と29に東西を分けたようだ。どこに政治の中心があるかで変わるのだろうか。興味深い。京都が出たのは奇遇なのか。あらかじめ除かれた地域はなかったのか。今回はなぜか皇室ゆかりの地。京都は京都御所があるし、栃木には御料牧場がある。まさか最初から決めていたとか。

いずれにしろ、献上米、いただきたいなぁ。どうだろう、宮城県が当たっていたらササニシキかだて正夢だったのだろうか。ブランド米の売り込みにもつながりそうだ。福島の天のつぶと熊本の森のくまさんだったらとてもよかったように思うが。せっかくだから、京都と栃木のコメの人気が出るといいな。そのくらい、不謹慎ではないでしょう。天皇陛下も京都と栃木には特別な思い入れを持たれたりするのだろうか。大嘗祭のときはありがとう、みたいな。斎田点定の儀、個人的に盛り上がる儀式となったので、調べたことをまとめてみました。

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安全に歩行できない日本

目をそむけたくなるような交通事故が増えている。高齢ドライバーによるもの、児童が巻き込まれるもの、自転車のトラブル。以前は自動車の事故が多かったが、様々な啓発活動により死亡者数はかなり減ったと認識しているが、交通事故の中身はずいぶん変容しているようである。その変化に応じた対策が必要なのではないか。

交通事故の死者はどうなっているのか。平成30年版の交通安全白書を検索してみよう。平成29年の交通事故死者数は3694人。史上最悪とされる昭和45年の1万6765人から大きく減り、5分の1程度になっている。

とにかくこの死者数をゼロにすること。それが交通事故対策のめざすべき目標だろう。とすると、その中身をよくみてみないといけない。同じ白書を読んでいくと、ふたつの特徴がありそうだ。ひとつは高齢者の犠牲が多いこと、もうひとつが歩行中の死者が多いこと。

高齢者はよく指摘されるところ。確かに死者の5割強が高齢者だ。高齢化ニッポンではやむを得ないだろう。加害者的な視点でいうと、とにかく免許証を取り上げるしかないが、おそらく散歩の途中にはねられるなど巻き込まれての犠牲も多いのだろう。

ここは私が不勉強なところだが、歩行中の犠牲が最も多いという点。自転車の事故が増えている一方、自動車はメーカーの取り組みもあって減ってきたということは知っていた。しかし、歩行者がやられている。そうか。高齢者や児童が被害者になるニュースが増えているのはここか。

別の内閣府の資料をみていたら、状態別交通事故死者数の構成率(2015年)という参考資料があった。日本は欧米諸国に比べ、歩行中・自転車乗車中の割合が高くなっているという。そうなんだ。車と人の共存ができてない国なのだ。車社会なのに。全体数が減っているのは成果だが、この構成割合というのは、日本の対策が遅れている部分をあまりにも的確に表しているのではないだろうか。

悲惨な事故を減らすには、という問題を考えるなら、この歩行中の犠牲をどう減らすかを考えないといけないのだろう。阪神大震災の復興まちづくりの際、くねった道にして車を強制的に減速させて事故を減らそうという議論があったが、そうした手を打つべきだろう。

自動車の性能は上がっている。自動運転もうまく使いこなせば有用。衝突警報システムもうるさいと思うけど、非常に重要だ。メーカーにはとりうる手立てはなんでも講じておいてほしい。事故はどうしても起こりうる。高齢者と歩行中。そこに焦点を絞った対策があるといい。

さて、自治体はどうする? 過疎地と都市部では求められる対策がかわりそうだが、交通や道路の政策は警察、企業と連動した取り組みが欠かせない。地域の特色を踏まえた対策が増え、事故減少につながるといい。ただこのふたつの難問は繁華街を抱える都市自治体がどう動くかにかかっている。

ネットで調べればわかることばかりなので、専門家には既知なのだろう。ただ問題の所在がはっきりしているのに、悲劇を繰り返しているのはどういうことか。システムやルールで防げるところはもっとあるはずだ。
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読書感想文~ふしぎな県境

「中公新書でこういう本を出すのか」と思い手に取った。面白かった。やはりマニアの書く本はばかばかしさと真面目さとが同居していて、なんとなく笑えるからいい。

確かに県境というのはユニーク。そこをまたぐだけで享受する行政サービスが異なってしまうのだから。奈良と京都のショッピングモールなんて行ってみたい。カーナビに県境をまたぐたびに何度も県案内させたいとか面白い。日本の地域ぐらしの歴史が色濃く境の線には反映されているのもよくわかる。

自治体の職員は、だれもがこういうまちの摩訶不思議に敏感な人々であってほしいなと思う。仕事になると違うのかもしれないが、やっぱりここに住むのが好きという人に就いてほしい。そうすると、外から人を呼び込もうというときでも、地域のアピールポイントに気づきやすくなる。

そういう人は他と比較するだろう。外に目を向けつつ、厳しく自分の領地も見直す。インにこもるだけだと、どうせこんな町だからとなり、良さも見すごしてしまう。穏便に過ごそうというより、地域のいいところをひとつでも見つけてPRしよう、そんな姿勢を自治体で働く人にはもってほしい。

江戸時代のころは、となりでいいことやってんなというノウハウがあまり伝播しなかったのではないか。殿様とその周辺しか陣地を出入りしないから。いまは自由なんだから、自分のところをよくしようと思ったら、外のユニークなところにも目を向ける。だから県境の本にも目を向けてほしいのである。

面白かったと思い、あとがきを読むと、トランプ大統領の壁の話が出てきた。そうだなぁ、日本は島国だからのどか。世界を見渡せば、境が紛争の場所だったりする。県境で喜べるというのはなんて幸せなのか。浜松と飯田なんて、海外いったら本物の殺し合いだ。日本の境は愉しめていい。
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日頃の備え問われるごみ屋敷対策

金曜朝、フジテレビの「とくダネ!」をぼうっと見ていたら、アニマルごみ屋敷のリポートをしていた。たしか富岡に向かうときの常磐線、車窓を眺めていた時に典型的なごみ屋敷が見えた。おっ、それのことではないか? 画面に引き寄せられてしまった。

リポートは皮膚病にかかったたぬき、こうもり、ネズミの姿をとらえ、家主に迫ろうと町内会長に取材するなどしていた。危険性を的確に指摘していた。ただ、解決策まで踏み込んでいなかったので、ちょっと物足りなく感じた。

番組でもちょっと触れていたが、こんなの行政代執行でいけばいいのではと思ったが、調べてみると事はそう簡単ではない。根拠となる国の法律がないのである。だから、独自に条例を作っていないと、自治体も動けないのだ。

ネットを検索していくと、ごみ屋敷対策条例を作っている自治体は非常に多い。2013年の東京都足立区にはじまって、京都市は条例を作ったうえで初の行政代執行をやっている。その後も都市部の自治体はどんどん条例を作っている。番組はフォローしていたが、水戸市はちゃんとやっていないのでは。

これは国の法律を作って対応する問題ではないだろう。国費で一斉にやるものではないからだ。国があれこれ指示をだしたり、ルールを共通化したりするのも違う。自治体の横展開で、それぞれが地元の事情に即した対応をきちんとしておくべきだ。備えあって憂いなしである。

地域にルールがあれば、スピード感をもって対応できる。京都市の例をみると、代執行のような強制力を使うには相当な時間がかかることがわかる。家主の権利侵害を避けるのは当然だ。時間がかかる問題だからこそ、事前に一定のルールを作って透明な手続きのもとで問題解決にあたる。そこだ。

こういう市民生活の安全安心につながる地域の問題は非常に重要である。行き過ぎた規制は個人の自由を侵害するが、放置すれば地域の共同生活を壊す。そのさじ加減を考えることこそ、自治体と議会の役割である。ごみ屋敷に即応できない自治体は普段から地域のために働いていないということになる。


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消えゆく電子投票

統一地方選の最中、青森県六戸町が電子投票を休止するという報道があった。全国唯一の導入例だったから、事実上、電子投票は日本から姿を消したことになる。総務省によると、これまでに施行したのは全国10自治体で25回。機器類のトラブルがあって、岐阜県可児市では市議選が無効になったという。選挙の信頼性が揺らぐようでは致し方ない。

私の場合、電子投票という言葉は岡山県新見市と直結する。最初の例だというので、えらく注目した記憶がある。それから広島市や京都市に広がっていったようだ。ずっと経緯を追っていたわけではないので、六戸で最後と聞いて、意外に浸透しなかったのだなと思った。確か新見市のころは電子自治体・電子政府というブームがあった。

最初のころは「高齢化時代、とっても便利」というのが売りだったような気がする。開票も正確で速い。一方で、個人の投票の権利は守られるのか、だれかにそそのかされたりしないかという議論があったのではなかったか。この時代、インフラが追い付かずに消滅するというのは意外な感じがする。やはり選挙は紙に書いて投票箱に投じる、人海戦術で数えるというスタイルが貫かれていくのか。

ただ、これだけ各種選挙の投票率が下がってくると、再考したほうがよいのではと思う。というか、投票所に行かなくて済むようにしたほうがいいかもしれない。一番はスマホから投票できるようにすることだろう。それはセキュリティや選挙の信頼性から難しいかな。高齢者にはガラケー使用者も多そうだし。だれか有力政治家が狂ったように一生懸命旗を振らないとだめかな。

いずれにしろ、民主主義の重要性というのは、党派に関係なく、国民ひとりひとりが認識しないといけないこと。便利に投票しようという機運が起きるなら、民主主義を大事にしているということ。いや別にどっちもでいいけど、という声が多いようなら、選挙への関心は低いということだろう。電子投票消滅の報道も小さな扱いだったし、ちょっと惜しい感じがする。
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読書感想文~~未来の年表

今頃になって「未来の年表」を読んだ。非常に興味深く読んだ。日本の未来は険しいということで、どうしても悲観的になりがちだが、現実を直視して、どうするか考えないとという呼びかけになっている。増田寛也氏の地方消滅論もそうだが、かなりの強いメッセージは出ているのに、どうにも軌道修正されないところにいつももどかしさを感じる。「未来の年表」もそうなってしまわないように。

やはりいま地方で考えないといけないことは、一切ムダなことはやらないということだろう。もう多くの人に対応する必要はないのだ。たぶん施設を新しく作るというのはない。いままで作ったものを手入れしていく、近くに仕えるものがあるならそれをいままでより多くの人で使う。学校も水道もごみ処理も自治体単位で考えてはいけないということだろう。

著者は都道府県の飛び地合併を提言していたが、面倒な合併は後回しにして、むしろ協力できるところから一緒になっていくのがよいのではないか。かつて広域連合が広がったが、近隣自治体で助け合えるところは補いあう。この本にも出てきたように、都心部の火葬場が足りないなら、生まれ故郷の地方で引き受けるとか。越境相乗りサービスで自治体の戦線を広げないようにするべきだろう。

「ごみ処理はうちでやりますよ」「火葬ならまだ引き受けられます」「介護はこっちでOK」。と、こっちいらっしゃい作戦が複数の自治体でできるといいのでは。これだけ都市も地方も人口が減る、若者が減るという姿を見せられたら、少し発想を変えないといけない。いま新しい施設を作ったらどうせいずれいらなくなる。いまいらないものだらけで苦労しているのではないか。

国はいいスローガンが見つかると、すぐに地域ごとの計画を作らせてお金をばらまこうとする。地方創生もなんだかんだ理由をつけては新規施策として地方予算を増やすだけ。少しでも効果があがっていると思いたいが。人口が減っているのに国の予算規模がどんどん膨らんでいくというのは、やっぱりどこかおかしい。お金の使い方にメリハリがつかない、比率に変化がないというのはおかしい。

複数の自治体から「地域の協力で国からのお金を20億円節約しました」「地域間連携で予算規模が前年度の95%になりました」といったアピールが出ないだろうか。そういう自治体に交付税をたくさん回したら何にもならないのだけれど、少子高齢化時代の先進自治体といっていい。伸びない自治体、うまく縮む自治体。目を凝らして探していきたい。
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