自治体のツボ

地方分権ってどうでもいいことなんでしょうか

地方自治・地方行財政・地方創生…地方のあれこれを取り上げます

2019年11月

読書感想文~貧困と闘う知

今年のノーベル経済学賞受賞者であるエスター・デュフロ氏の「貧困と闘う知」を読んだ。なぜ受賞したのか、開発経済学のいまを知りたかったからである。

デュフロ氏の肝は様々な実証実験を通じて、できるだけ人々の行動を正確に把握し、政策に生かそうというところにある。人体実験をやるわけにはいかないが、奇妙な人間の行動に即して政策を作ろうというわけだ。教育支援の在り方やマイクロファイナンスのくだりは非常に勉強になった。教育はただお金をばらまくだけではだめ。教員のやる気を引き出しているか、生徒が着実に知識を身につけているか。人間はずるしたり、貧困のために落ち着いて勉強できなかったり、隠れた障害を丁寧にあぶりだし、取り除こうとしている。高利貸しはそれだけであこぎに感じるが、個人がそれを受け入れて借り入れているのなら、むしろ貸し手がいることのほうが大きいということを知った。

さて、ここで問うべきは地方分権である。汚職をなくさないことには貧困もなくならないというわけで、貧困地域では地方分権が必要と訴える。政治家を身近で直接監督できるのが大きいわけだ。コミュニティの連帯意識は生活上の難点を取り除くのに役立つ。一方で、地方政治家が居座れば、圧政という形で新たな弊害を生む。何より重要なポイントとして指摘されるのは「参加の枠組みを形成するルールの細部を考えることだ」という。女性を増やせばいいというものでもない。実効性のある地方政治を作るには、地域の意見が反映される仕組みを整えておかねばならないということだ。

開発経済学の本から日本の地方分権を考えることになるとは思わなかった。ただ発展途上国でも日本でも、地方分権が意味するところは同じなのだ。身近な地域のことは地域の人たちで決められる仕組み、納得しやすい選択を導く体制を整えるということなのだ。日本だと地方議会がだいぶ住民から遠い。日本の地方分権はせいぜいマンション理事会で機能している程度ではないだろうか。自分たちの地域のことを自分たちで話し合って結論を出す。もしくは地域の代表にきちんと地域の先行きを決めてもらう役を果たしてもらう。それは国レベルの政治とはまた別のことになる。

住みやすさの向上も貧困の解消も、取り組み方は同じ。科学的な要素を入れて、少しでもいい選択をする。人間の心理にまで踏み込んで、丁寧に地域の最適解を探るべし。デュフロ氏の主張は日本の地域のありようを考えるうえでも非常に役に立つ。さすがはノーベル経済学賞である。




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地方選挙への出馬、1年以上住んだらOK

総務省が地方選挙の候補者の住所確認を強化するとの報道があった。これは今年の統一地方選で噴出した問題で、住んでもいない自治体の議員選挙に立候補する人が現れ、要件を満たさないから得票は無効となるケースが各地でみられた。主にN国の立候補者であった。

公職選挙法は地方議員の被選挙権について、その自治体に3か月以上住むよう求めている。しかし、立候補の届け出に住民票添付も必要なく、要件を満たしてないと選管が気づいても、その段階で止める仕組みにはなっていない。年齢要件を満たせば、別の自治体の住民でも立候補できてしまうのである。

N国はここを突いている。地方議員のなり手がいない現状では、他の地域の住民が議員になってもいいではないか、有権者が賛意を示せばいいではないかというわけだ。その手法は納得できないところがあるが、問題提起としては傾聴に値する。選挙による民意は重い。

ただ国会議員と地方議員は別物である。やはりその自治体にどれだけの思いがあるかというのは重要ではないか。個人的には「3か月以上」でも短い。「1年以上」住んだ者に被選挙権を認めるべきである。そうでないと、真剣に地元・地域のことを考える人が議員にならない。

国政の受け皿になる恐れもある。地域のためというより、国政の主導権を握りたいがために、あちこちで地方議員を増やしたらどうなるか。地方議会の審議も病院や道路の議論は後回しで、政党のシングルイシューだけが取り上げられるのではないか。大阪都とか地域政党ならむしろいいだろうが。

やはり地方議会はその地域の問題を真剣に討議する場であってほしい。その地域で長い時間を過ごした人が地域のありようを責任もって考えるようにしてほしい。他地域からの事実上の乗っ取りで、地域の政策をゆがめたり、国政との連動を優先させたりするのは慎むべきではないか。

今年の統一地方選では無効になった得票も少なくないようだ。有権者に選択肢を示すのは重要なことだが、有権者の思いが届かない形で支持を取り付けても意味はない。総務省には露呈した穴をふさぐべく、地方議会・地方議員の存在意義に照らした対応を求めたい。
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地方制度調査会の合併答申は読みごたえなし

地方制度調査会が10月末、市町村合併の今後の対応方針を盛った答申をまとめた。要は合併特例法の期限を延長せよと言うだけのもの。あまりの内容の薄さにあぜんとする。オリジナリティがない。7月の2040年中間報告もすっかすかで、コピペのオンパレードと見まごうほどだった。読んで損した感がしたが、今回の答申はその延長線上にあるのだから独自色がないのも当然か。総理にお願いなんかさせず、役所で決めれば済む話である。

政府の調査会や審議会は役所の隠れ蓑とされる。かつては識者の話を聞きました、役所だけの判断だけでなく政策の方向性を決めました、という態を取り繕うのにこういう組織は役立った。だが、今は検討のプロセスをあきらかにし、有識者の意見を直接聞くようにすれば、役所が自ら政策の中身を決め、ちゃんと方向感を打ち出してもなんら問題はないように思う。異論反論が出るのは当たり前。当否は国会でも審議されようし、メディアでもそれなりに点検されるだろう。

市町村合併は平成で強行した弊害がどこに出ているか丁寧に検証すべきときだ。効果と課題はどこにあるのか。長所と欠点といいかえてもいい。そこをきちんと検証すれば、おのずと令和の時代に政府がとるべき次の一手がみえてくるはずである。圏域づくりなのかもしれない、都道府県の合併なのかもしれない、またまた市町村のさらなる合併なのかもしれない。そこまで検討したあとを残して、はじめて立派な有識者会議だといえる。その跡なく「期限延長」といわれても「そうですか」と言えるか。

どうも政府は国としての方向性を出すのがいやなようだ。今回の答申では「人口構造の変化の現れ方は、地域ごとに大きく異なる」と明記し、これからの地域のあり方は関係者が「議論を重ね、ビジョンを共有せよ」とやや突き放したものの言いをしている。これは地方分権の時代、地方が自分たちで自立の道を選べと言っているかのようだ。ならば国は口出しばかりせず、地方の自由にさせよ。そして、後方支援に徹しろ。正しいと思う。地制調の面々はそこまで覚悟した議論をしたのだろうか。

いずれにしろ、今回の答申はがっかりである。特例法延長の根拠も弱いし、結論ありき。日弁連が示したような問題意識もない。総務省はNHKには的確に文句を言っているのだから、自分で地方にもモノをいえばいいのだ。地方自治体には言うのがはばかれる何かがあるのか。これだと、地制調も総務省も平成の大合併は失敗だったから、あんまり触れずに行こうと考えているようにしかみえない。問題意識と蓄積された知見にあふれ、着実なフィールドワークに裏打ちされた答申こそ、出してもらいたい。






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知事会議はお行儀よく過ごすべし

どうも11日に政府主催の全国都道府県知事会議があったようだ。あまりに地味な話題で報道されたのもほとんど見なかった。総理発言もとりたててみるべきところはないし。47人の知事は首相、政府になにかを印象づけられたのだろうか。 

しばらく前の知事会議は、入念に調整され、びたっと段取りどおり進んだものの、地方政治家の面目躍如、一言いっときます、というところが少しはあった。石原都知事とか浅野宮城県知事とか。そういう報道もされていた。

しかし、総理の発言ぐらいしか報道されていないところをみると、面倒な不規則発言は皆無だったのだろう。激しい応酬とまではいかなくても、やりとりぐらいなかったんだろうか。都道府県の矜持というか、爪痕が残せないようでは地域代表としては物足りない。

長期政権に地方も平伏さざるを得ずということだろうか。楯突く必要はないし、ちゃんと議論してくれればよい。公立病院とか災害対策とか沖縄問題とか札幌マラソンとか、深めるべき論点はあったのではないだろうか。総理に恥をかかせるのではなく、きちんと議論すべき姿勢がほしいのだが。

知事といえば、地方政治家の代表。事務レベルの協議をこえたところで、意見を交わしておくことが大事なのでは。それがなければ、予算くださいの陳情と変わらない。政府主催の知事会議はお行儀よく過ごす。殿様が幕府に恭順の姿勢を示す場。つまり国の方向性を議論する場ではないということになる。

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人口減の加速、本当に合併のせいなのか

日弁連が平成の市町村合併の分析をまとめたそうである。ホームページで掲載してくれるといいのだが、見当たらないので、新聞資料を検索してみた。それによると、合併を選択した小規模な町村は、合併しなかった近隣の市町村より人口減が加速する傾向にあったという。

つまり、小規模な町村は合併すると、まちの中心部が別のところに移ってしまい、地域がさびれてしまう。新しい人や企業を引き付ける力も失うので、どんどん人口が減ってしまうということなのだろう。非常によく理解できる話である。

自力での自立を選択した町村は、人口が少なくても光ろうとする。自主独立で政策を打てる。しかし、合併してしまえば、効率的な行政体にはなるけれど、そこの地域をなんとかしようという心意気も失ってしまうのだ。

合併した市町村は、合併したからこそ、底割れする地域をなくさないように目配りしないといけない。でも、政治家もいなくなれば、地域住民の声は届かない。衰退していくことをもって効率的な行政ができるようになったというのは、ちょっと悲しい。

石巻市は超広域合併を実現した。震災でその弊害が出たが、あそこも地域をいくつかにわけて、手の入れ方を変えれば、もっと栄えるんじゃないかと思う。ここは漁業、ここは農業、ここは観光、ここは住民ゾーンというように、地域を色分けして活性化を競えば、地域間格差は縮小できる。

人口減は急ピッチで進んでいる。地域を同じように発展させる、均一の繁栄はもう無理だ。地域の活力が失われると考えたからこそ合併を選んだところも多いだろう。人口は想定どおり減ったが、むしろ良かったという面もありそうな気がする。それを探すのは総務省の仕事なのかも。

卵が先かにわとりが先か。合併を選んでしまうような疲れた旧町村では、人口も想定通り減ったけど、こういう合併の効果が出たという事例があれば知りたい。合併したらまちの中心がかわってさびれた、という常識にかわる、新たな合併あるある。合併自治体からの積極的な情報発信に期待したい。

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SBIには「地銀延命ではない!」と言ってほしい

北尾吉孝氏が率いるSBIホールディングスが地方銀行の救済事業を進めている。このほど、島根銀行に続き、福島銀行が第2弾の支援先に決まった。人口減で先行きのみえない地銀にとって、そして地方経済にとって、この動きは光明といえるのだろうか。

私には破綻間際の企業の延命策にしかみえない。現経営陣は自分の代で破綻したくないから、蜘蛛の糸にいち早くすがったようにしかみえない。最近は異業種が地銀に手を差し伸べているというが、なんのことはない。統合再編を探ったところ、同業から見放され、ほかに助ける人はいない。看板だけ残してくれたらなんでもOK、ありがとうということだ。

もし今回の提携を機に、新しいサービスを編み出せるならいい。新しい収益基盤を作れるのならいい。ただ、そこはむしろSBIがこれからどういう仕掛けを作るかということになるのだろう。もはや地銀には打つ手がないのである。地域にはたくさんの高齢者がいて、気息奄々の企業がいくらでもあるのに、地銀はビジネスの好循環をつくる起点にいられない。だからSBIに駆け込む。

金融庁の再編方針のすべてがいいわけではないが、その場しのぎでSBIに駆け込むぐらいなら、地域の金融機能を突然死させないように作り直すのが先ではないか。再編あり、専業化あり、撤退あり。その生みの苦しみを、住民への迷惑を最小限に抑えながらやる。自治体もちゃんとやらないから、SBI詣でに拍車がかかるのだ。

これは公立病院の再編論と同じだ。いまなら、地域の病院がなくなってもほかで代替できる。だが、議論もせずに先送りすると、いずれ突然地域の病院が閉鎖されて、ほかに行き場を失う住民・患者であふれるという地域が出てくるだろう。金融も同じだ。公的な色彩が強いのだから、自治体と組んで再編論議をちゃんとやるべきだろう。

SBIが新しい地銀ビジネスモデルを作り出し、傘下におさめた地銀を一色に染め直したら頼もしい。そうなったら、メガバンクも飛び越えるのではないか。いずれSBIに売り飛ばされると心配している向きもあるようだが、売り飛ばされるほどの価値があればいいが。真面目にそんなことを心配しているのなら、あまりにも呑気というほかない。
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森田知事のリーダーシップ

千葉県の森田知事の行動が問題視されている。災害発生時、公用車で別荘に行き、視察と言い張ってるのだとか。本人は釈明会見を開いたが、苦しい弁明になったようだ。

これは、事の次第は説明を受け取るしかないが、身内の裏切りでは。トップとしての行動に問題があると感じ、週刊誌ネタに売られたんだろう。日頃の仕事に励む姿勢を問われたものといえる。

知事にも休みは必要だ。一番問題だと思うのは、こそこそ逃げ隠れしているように見える点。はっきり情報公開すればいいのだ。事前に。体調も含め、ここは休む、この日はこう過ごすと。

知事たる者、24時間、臨戦態勢で仕事してほしい。災害の被害は大きくなる一方。名誉職ではない。県民の命がかかっている。指揮命令系統をはっきりさせ、副知事とも役割分担する。そこが肝心。

結局、政治家は有権者が選んでいるのだから、その身の丈にあった人しか選ばれないということ。知事を批判されるということは、選んだ県民に問題があると言われているのと同義と受け止めるべきだ。
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読書感想文~この国のたたみ方

中央大名誉教授の佐々木信夫先生による「国のたたみ方」を読んだ。とうとう日本も店じまいか、と思ったら、折って重ねるという意味だそうで、身の丈にあわせた国に縮めようというご主張であった、身の丈という言葉は使わないほうがいいかもしれないが。要は都道府県の見直し論である。

地方行政も明治維新後の成長していく日本、右肩上がりの日本にあわせた仕組みを改めるときにきている。明治のころから一度も変化のない都道府県を見直すべしとの訴えだ。確かに地方分権の推進により、都道府県の役割は変質した。国の意思を市町村に伝える「卸売業」はもういらないというわけだ。

本書では道州制に移行し、東京都と大阪都の二都実現という未来図が描かれる。日本にはつい最近も地域割でとん挫した経験があるが、もうそうも言っていられない時期に来ている。機能を強化すべきところを強化し、形を変えることでより強みを発揮できる体制にしようということだ。

都道府県をずっと同じまま残しておいても意味がない。その通りだ。県職員は市町村で働いたほうが公務員としてやりがいを持てる。もしくは道州でブロック全体の奉仕者となってもらったほうがいい。知事と市長が張り合ったり、国と同じような口出しをしたり、いまのままならあんまり意味がない。

これから地方行政に求められるのは、新しいインフラ整備ではなく、災害や高齢化など地域の諸課題に迅速、かつきめ細かく対応することだ。いちいち国にお伺いをたてていては話にならないし、地域事情に即した対応ができない。度量のある道州と基礎的自治体である市町村で果断に手を打つべきだ。

そういう判断力が問われる。首長の仲が悪いからとか、知事は国政狙っているからとか、そういうつまらないヒトごとで左右されてはいけないのだ。かかわる人たちが機能する組織。そういう方向で地方の組織再編をやるのは大賛成だ。国の機能も含めた見直し。重要な政治課題だと思うのだが。




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読書感想文〜ルーズベルトの死の秘密

この連休に読んだ本がホントにおもしろかった。戦争指導者として知られるルーズベルト元米大統領の体調に関する考察。偶然、図書館でみかけて手にとったのだが、訳者まえがきから引きずり込まれた。先の太平洋戦争は日本国内の問題、アジアとの関係でしかみてはいないかというのである。確かに大学で戦前の米国との関係から日米関係を学ぶべしという授業を受けたこと、思い出した。

筆者は米国がどんなスタンスで第二次世界大戦に臨んだのか、そして最後の最後、戦争終結の判断は大国・米国のトップリーダーが正常でない状態で下したのではないかと問題を設定し、歴史に迫る。最晩年のヤルタ会談。極めて抑制的なタッチながら、スターリンの独断を阻止しえなかった主因にルーズベルトの病躯を挙げている。戦後レジームが米国大統領の不調により決定づけられたとみる。

FDRのポリオ後遺症は知っていたが、これほど多くの病気に蝕まれ、しかも、最晩年は本当のところがよくわからないままになっているという点に驚かされる。皮膚がん、心臓疾患、前立腺がん。筆者は丁寧な取材で最期に迫る。側近たちは隠しおおせたといえるのかもしれないが、仮に秘することが大統領の意思であっても、これからは許されないという教訓を見事に描き出している。

訳者あとがきも非常に勉強になる。歴史修正主義への戒めを丁寧に指摘している。ときの政治情勢で過去にふたをしてはいけないということだ。天皇制を敷く日本と違い、米国での大統領に対する聖域近い扱いへの理解も深めるよう求めている。訳者は、自国の歴史をひもとく際も、幅広い視野をもち、謙虚に事実を見つめる姿勢を持つように呼び掛ける。

日本では、大平首相や小渕首相が現職総理のまま死去したし、安倍首相も一度、体調不良を理由に退任したことがある。国のリーダーの健康について、極めて重要という認識を日本人は持っていると思う。しかし、それを教訓として生かしているだろうか。不測の事態への備えはあるか。メディアの監視の目は行き届いでいるか。常日頃からのチェックが肝要である。
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